アフターコロナ時代に向け、ベネッセグループは新中期経営計画で短期の業績回復に加え、中長期でのコア事業の進化と新領域へのチャレンジを打ち出した。そこで重要なポイントとなるのがサステナビリティ・ESGの観点であり、人財への取り組みだ。「日経ESG」発行人の酒井耕一氏(プロフィールはこちら)とベネッセホールディングスの安達保代表取締役会長 CEO(役職は2022年3月時点)が、ベネッセの成長に向けたこれらのテーマについて話し合った。
新中期経営計画
教育サービスの提供価値をDXにより大きく拡大
酒井
改めて、今回のベネッセグループの新中期経営計画(以下 新中計)は、時代によくフィットしたものだと感じました。まず、コロナ禍は残念な事態ではありますが、この状況になったことで、日々の生活の“なんとなく”を誰もが見直し、自分にとって大切なものは何なのか、まさにベネッセが企業理念として追求してきた「よく生きる(Well-being)」の視点で考えるようになりました。新中計はそのタイミングで打ち出されたものであり、訴求力が高いと感じました。
安達
ありがとうございます。ベネッセは進研ゼミというきわめて強いビジネスモデルを持っています。コロナ禍においてデジタルを活かして教育事業における価値提供を大きく進化させており、さらにこれを強化したいと考えています。さらに、大学・社会人教育分野や、教育・介護の双方における海外展開に挑戦する意思を今回の新中計に盛り込んでいます。
酒井
短期の業績で回復のコアになってくるのは、進研ゼミをはじめ教育事業のところで、注目する方が多いと思います。資料を読ませていただくと進研ゼミの会員数もそうですが、継続率を重視していくという指標を持たれています。これはどのように進めているのですか。
安達
まずは、2020年度、ベネッセの事業がどのように新型コロナウイルスの影響を受けたかをご説明します。進研ゼミは非常に好調でした。昨年は家庭で学習をするニーズが拡大し、それが追い風にもなりました。その前提として、ここ数年でデジタル化を大きく進めてきたことがあります。それから、ベネッセというと進研ゼミというイメージが非常に強いのですが、いまベネッセの売上高を大きく分けると、進研ゼミ3分の1、介護3分の1、それからそれ以外の学校のサポートや塾での教育事業が3分の1です。学校をサポートする事業や塾については、昨年の休校の間、進研模試やその他のアセスメントテストができなくなったりしました。それから塾も開くことができなかったので、その点が大きなマイナス影響となりました。ただ、学校事業も塾事業も、現在はコロナ前にかなり近い状況に回復してきています。
それから介護は、入居希望のお客様に施設を見学していただくことができない期間が長く、つまり営業活動ができない状況であるため、入居率が下がりました。ここを回復していくことが肝になります。
ベルリッツは、日本をはじめ非常に大きな打撃を受け、徹底した構造改革を行いました。またデジタルの新サービスをまさにローンチしているところです。ここは21年の回復状況を見ながら22年を予測し、厳しい目で判断・対応していくべきところと考えています。
酒井
なるほど、営業活動によってよって回復していく事業があり、さらに伸ばしていくという進研ゼミについては、デジタルを軸にした継続率の向上が見えてきている、そういうことでしょうか。
安達
鍵になる戦略はDX(デジタルトランスフォーメーション)です。進研ゼミではタブレットのコースを利用している方が6割です。デジタルでは個人に合わせた学習が細やかに提供できます。答えを間違えたのはここがわかっていないからで、では戻ってもう一回そこから問題を解いてみるといった、一人ひとりに合わせた対応ができます。例えば中学講座では、最初に自分で「テストで何点を取りたい」といった目標を設定し、タブレット上で学習を進めると、現在目標に対して8割ぐらいの達成状況です、といった習熟度がわかるようになっています。さらに現在、オンライン授業も多数展開していて、「自分自身が十分理解していない」「もっと勉強したい」テーマのオンライン授業を受講し、チャットで質問ができるようになっています。赤ペン先生の指導もいまはデジタル化されていて、3日以内に先生から返信が戻ってくるなど、スピード感も増しています。これらによって、会員の皆さんの活用度が上がりますし、活用度が上がることで継続率も上がります。つまり、デジタル化を核にしながら進研ゼミをさらに伸ばすことができるのです。
学校に対してもデジタルを使ってどうやってサポートしていくかが、これから非常に大きなテーマですね。
酒井
まさにいまで言う「サブスクリプションモデル」として認知されていくっていうことですよね、きっと。
安達
そうですね。ベネッセの進研ゼミには長い歴史がありますが、もともと究極のサブスクリプションモデルだとも言えます。
ベネッセのESGの重要テーマは「人財価値」
安達
新中計で重要なのが、サステナビリティやESGという「見えざる価値」をいかにして、目に見える企業価値に繋げていくかです。ベネッセは事業そのものを通じて社会のサステナビリティに貢献できると考えています。教育事業を通じて一人ひとりの成長をサポートし、成長した一人ひとりがSDGsのすべてのゴールに貢献する、また介護事業では高齢者の「自分らしく生きる」を支える。こうした考え方がベネッセのサステナビリティのコアですが、それをさらにワンステップ高めるために、こうした価値を社会に広く伝わる形にしていくことがテーマです。
酒井
ベネッセは企業体そのものが社会課題解決集団であり、ベネッセの価値は“人”にあると思っています。ですから「人財価値」とでも呼べる指標を社内で定め、開示していくことが有効なのではないでしょうか。会社の売上や利益を知っている人はいても、売上や利益の増加に伴って自分たちの資産価値も上がっていくことを実感している人はあまりいないのかもしれません。ベネッセの場合、社員一人ひとりが会社にとって資産そのものでしょうから、「人財価値」を示す指標をもって施策を進め、「ベネッセが教育産業の中で優位を保っているのは人財のおかげである」という形で社員の価値を訴えていくのはどうでしょう。
安達
まさに「人財」はベネッセの一番の財産であり、ESGの重要なテーマであると考えています。例えば、DXは今後の社会への提供価値、企業としての成長を左右する要素になるので、DXに関わる人財はきわめて重要です。DXの実現にはこれまでとは異なる人財も必要で、ひと言でいえばダイバーシティになるわけですが、デジタルで何ができるか考えられる人を育てるため、新たな人財育成の取り組みをいまスタートさせています。ベネッセはUdemyという社会人向けの教育プラットフォームサービスを行っていますが、このUdemyを社員全員が使って、とくにDXのスキルを上げていこうとしています。
酒井
それは興味深いですね。まずは社内の人間の意識を変えることは重要ですね。例えば、他社の事例では、事業アイデアコンテストを実施したところ、予想もできなかったようなアイデアが集まり、社内のコミュニケーションが深まったと聞きます。社内に変革の土壌を作ったうえで、社外から異なるカルチャーの人を呼び込むことで、ダイバーシティによるハーモニーが一気に進みます。
強力な取締役会も重要です。投資家の視点で取締役会がサポートし、社内で議論を深めることで変革が前に進みます。
やはりゴールは“世界のベネッセ”。最終的に世界企業を目指すことで、社員のみなさんのモチベーション向上につながりますし、海外からの投資も入って、サステナビリティにつながっていくでしょう。
安達
ベネッセの持つ教育・介護事業は万国共通で価値を提供できるビジネスです。世界で最も教育や介護について考える会社を目指すのが、まさに新中計で掲げる「2030年の姿」です。
酒井
いまの若い世代は、社会課題やDXに価値を見出しています。ベネッセのように教育で社会課題を解決し、DXで子どもから高齢者まであらゆる世代に貢献しようとする会社に入り、活躍したいと考える人は増えていると思います。その土壌があるわけですから、より強くアピールすべきでしょう。
安達
そういった若い世代が活躍し、ベネッセに入って本当に良かった、社会に貢献できたと実感できるようにしていくことが非常に重要ですね。
世の中では役員や管理職の女性比率がいわれていますが、ベネッセはもともと社員の半分以上が女性ですし、管理職も30%以上に達しているので、人財についてもベネッセらしいKPIを持ち、価値を高めていきたいと考えています。
酒井
世間の指標に合わせるのではなく、ベネッセなりの人財価値方程式を作るのもユニークでいいのではないでしょうか。今後は投資家が企業に合わせていく時代になるでしょうから、新しい概念をどんどん外向けに発信していくことが重要になるはずです。
安達
私もそう思います。ESGという見えない価値をステークホルダーに説明・説得する力を身につけることが一層企業として重要になると思います。
新たな「企業価値」の視点を、
市場に提示していくことが重要
安達
株式市場に視点を移すと、中長期の観点でサステナビリティやESGの重要性が高まっている一方で、短期視点で投資判断をする投資家ももちろんいらっしゃることから、双方のバランスにジレンマを感じることも、まだあります。
酒井
短期の視点から投資判断をする人がいなくなることはあり得ないでしょう。ただ、今後その流れも変わってくると私は思っています。 具体的には「短期」の意味を変えていく必要があります。これからは、これまでのように同一セクターの中から投資対象を決める時代ではありません。例えばベネッセの事業は教育と介護。しかし進研ゼミは、実は現在でいうサブスクリプションモデルを以前から実施しているサービスです。すると、セクターありきで捉えること自体がまさに「短期的な考え方」ともいえます。「サブスクリプション」というカテゴリーで見れば、今のベネッセの事業が説明できるのかもしれません。環境や産業構造が大きく変化する中、そうした新たな視点で産業を見ていくことが必要であり、ESG的であると考えています。
ベネッセの事業を「教育・介護」ではなく「サブスクリプション」という視点で見れば従来とは異なる投資行動が起こりますし、新たな参加者も登場してきます。多様なスタイルで売買されるようになると、短期で株価は変動しても、長期の視点で見れば大きなトレンドが生まれる。このように、長期が短期を呑み込んでいくようなマーケットにしていくことが必要だと考えています。そのためには、自社の企業価値を投資家に理解してもらうための新たな視点を、株式の発行体である企業側から投資家に提示していくことが重要です。
安達
重要な視点ですね。確かに、短期視点の株主・投資家を増やすことで売買高を拡大させつつ、長期視点での企業価値を理解してくれる人に支えてもらうという、短期と長期のバランスが大切です。その意味でも、ベネッセがどういうスタンスで事業や投資を展開しているのか、サステナビリティやESGの観点からどのような価値を提供しているのかを株主・投資家に深く理解していただくことが、やはりカギになりますね。
中期経営計画の実現に向けて、ステークホルダーとのコミュニケーションもいっそう強化していきたいと思います。
今日は、本当にありがとうございました。