コア事業と新領域の双方で進める「知の探索」~ ベネッセグループが描く未来像とは? ~

Benesse ステークホルダーダイアログ 特別対談

株式会社ベネッセホールディングス 代表取締役会長 CEO 安達 保 株式会社ベネッセホールディングス 代表取締役会長 CEO 安達 保
早稲田大学ビジネススクール 入山章栄 氏 早稲田大学ビジネススクール 入山章栄 氏
入山氏プロフィール

既存事業のさらなる成長に加え、海外展開を含めた新領域へのチャレンジを新中期経営計画で打ち出したベネッセグループ。「両利きの経営」の名付け親として知られる早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏と、ベネッセホールディングスの安達保会長が、今後のベネッセのチャレンジについて対話を展開した。

新中期経営計画が目指す「両利きの経営」

安達

新中期経営計画(新中計)では次の3点をポイントとしています。1つ目は、ベネッセグループが2030年に向けてどのような姿を目指していくか。その重要な柱として、本業とする「教育」「介護」の社会課題解決にどういう形で貢献していくのかを示しました。2つ目は、新型コロナウイルスの影響からの早期回復。

そして3つ目が、中長期を視野に、具体的にどう成長していくのか。ベネッセは強いビジネスを中核に据えており、まずはこの「コア事業の進化」が重要です。同時に、事業環境が大きく変化する中で「新領域への挑戦」も欠かせません。この両立が、新中計の最大のポイントになっています。そしてこの3つ目こそが、まさに入山先生がおっしゃる「両利きの経営」を生かすべき部分と考えています。

入山

両利きの経営とは、「知の探索」と「知の深化」のバランスを高い次元でとる経営により、変化の激しい時代に不可欠なイノベーションを起こせるという理論です。一見遠く離れた知と知を組み合わせ、イノベーションの第一歩である新しいアイデアを生む行為が「知の探索」であり、探索から生まれたアイデアを深掘りして収益化していく作業が「知の深化」。私の考えでは、日本企業にはこの両者のバランスをとった両利きの経営が足りていません。

企業はやはり短期的利益と事業の安定性・確実性に注視するため、どうしても深化に偏って経営リソースを割いてしまいがち。これをサクセストラップと呼びますが、そうするとイノベーションが起きなくなります。だからこそ、深化を求めつつも探索を進め、知の幅を広げていく両利きの経営が必要になります。新中計では両利きの経営を意識しているとのことで、とてもうれしく感じました。

安達

ベネッセグループはコア事業のビジネスモデルが強力であるがゆえに、なかなか新しいものを探索できなかったのが課題でした。そこで新中計では探索の強化を目指しています。

まず「コア事業の進化」では、従来のオーガニックな既存領域の深掘りだけでは広がりが限定的になるため、既存事業の中にも新たな挑戦の可能性があるという考え方から、インオーガニックな成長を打ち出しました。要するに、知の探索の部分として、自社のアセットを使いながら、周辺領域にも既存事業を広げていこうということです。

一方の「新領域への挑戦」は、ベネッセが取り組んでいる市場や組織スキルにおける強みを活かしながら、新しい事業に挑戦をしていこうという試みです。今回の新中計では、大学・社会人領域の拡大や、教育・介護の双方における海外展開に取り組んでいくことを宣言し、コミットメントを強く打ち出して、いま準備を進めています。

入山

1億人を超える日本のマーケットは、数十年前なら大きなものでしたが、新興市場が拡大する現在ではとても小さな市場です。欧米や中国はもちろん、東南アジアの企業も5億人、10億人という巨大なマーケットを見据えているので、日本企業が伸びていくにはやはり外に出ていくことが必須でしょう。ベネッセグループの場合、コア事業の教育と介護は今後間違いなく世界中で問題となるテーマですから、海外進出にはきわめて大きな可能性を感じます。

安達

両利きの経営の中で、とくに「知の探索」は難しいと感じており、まずは新中計で探索の強化に向け方向性を出したところだといえます。実際にこれからの経営においてどういった点に注力し、探索を広げていけばいいのか、入山先生の考えをお聞かせいただけますか。

入山

これからの時代は、教育でも介護でもデジタルの重要性が飛躍的に増していきます。新しいものの探索には当然失敗を伴いますが、失敗しても遠くを見つめて新しい発想にチャレンジし続ける作業は、実は人間にしかできません。それに対して深化については、現状を磨き込んで効率化していくことになるので、その多くにデジタルが活用できます。ですから、知の深化をデジタルに任せることで、生まれた時間やリソースを探索に振り分けることができるはずです。

安達

まさに今回、組織能力を上げるためにやらねばならないこととして、AI・オンライン等を活用したデジタル化の加速、つまりDX(デジタルトランスフォーメーション)を挙げています。顧客への価値の提供の仕方が大きく変わりつつある中、まず既存事業の成長という観点でDXは欠かせないテーマです。同時にインフラ整備やセキュリティ強化をしっかり行うために、IT担当組織の再編も行い、攻めと守りの双方でDXに取り組んでいます。

入山

DXが進むと、とりわけサービス業では大きな変革が起きます。コロナ禍でオンラインコミュニケーションツールが大きく伸び、世界中で定着しましたが、今後数年以内にそうしたツールに自動翻訳機能が搭載され、言語の壁がなくなっていきます。これまで日本のサービス業は日本語で守られてきました。その壁がなくなれば、危機にさらされるビジネスも当然出てきますが、一方でベネッセグループが取り組む教育・介護のグローバル展開は、デジタルをうまく活用することでチャンスがさらに広がるのではないでしょうか。

「人財の成長」に向けた取り組み

安達

新中計を実現していくにあたり、デジタルと並んで「人の成長」の推進も大きなテーマとして掲げています。ベネッセグループは「よく生きる(well-being)」を企業理念に掲げており、それが社名にもなっていますが、この理念に基づいて教育と介護の事業を行っています。そのサービスの質を決めるのは、最前線の「人」。社員一人ひとりの力がベネッセグループの強みです。まさに人は財産であり、人の成長がなければ会社の力も上がっていきません。

両利きの経営、とりわけ知の探索の強化に向けては、社会と環境が大きく変化する中で、まず人が変わっていかなければなりません。ですから、個々の人財の成長と多様なチャレンジを、会社としてしっかりサポートしていこうと考えています。この点で、どういった施策が有効だとお考えでしょうか。

入山

両利きの経営でイノベーションを起こすためにまず考えるべきは「人事」です。例えば評価の仕方の見直しが重要になるでしょう。知の探索は、失敗も多い。ところが従来型の制度で失敗と成功を紋切り型で評価されてしまうと、失敗が怖くなり、社員は新たな探索にチャレンジできません。

また、なるべく遠いところにある知と知の組み合わせを促すには、やはりダイバーシティが重要になります。ダイバーシティ経営は、両利きの経営の仕組みの一つとして不可欠です。とくにベネッセグループは「生きる」ことをテーマに掲げた会社で、あらゆる年代、あらゆる属性の人たちが事業の対象となるため、可能な限り多様な人材が組織に入り、新しいサービスを生み出していくことが肝要です。

安達

同感します。私自身もこれまで外資系を含めてさまざまなキャリアを経験してきたので、多様性の大切さを身にしみて実感しています。イノベーションを生み出すために、ダイバーシティ推進はきわめて重要なテーマなのですが、日本企業にはまだまだ多様性が乏しい。そもそも多様性がなぜ必要なのかを理解していない人が多いと思います。

入山

ポイントは、腹落ち感がないことでしょう。ダイバーシティを推進する目的は、もちろんイノベーションを起こして新しい社会づくりに貢献することですが、長い目で見ればそれが会社のためになるのだという腹落ち感が、残念ながら日本ではまだまだ弱いと感じます。

経営学的には、ダイバーシティにはデモグラフィー型とタスク型の2種類があります。デモグラフィー型は性別・年齢・国籍といった属性による外面的多様性を意味するもので、タスク型は経験・知識・能力などの内面的多様性です。タスク型ダイバーシティが多様になると多彩な知の組み合わせが生まれ、組織も強くなることが統計分析でわかっています。

安達

日本企業に多様性をもたらすには何をすべきか、私なりに考えてみましたが、浮かんだのは、とにかく具体的な成功事例を提示すること。やはり人は見たことのないものを理解できないので、具体的事例を社内でシェアすることで、多様性の大切さを実感できるのではないかと思います。

入山

新卒一括採用のメンバーシップ型雇用で入社した男性社員は、マイノリティになった経験がないので、マイノリティの感覚が理解できない、といったことがあります。そうした社員に何らかの形でマイノリティ経験をしてもらうことも有効なのではないでしょうか。多様性があるということは、多彩な意見が出てくるということですから、マイノリティ経験をすることで個々に異なる意見の重要性がわかるようになるはずです。

安達

おっしゃる通りです。さらにいえば、ベネッセグループは教育を事業の中核に据えている会社ですから、多様性に関してもやはり教育の重要性を実感します。異なる立場の人・意見を受け入れる教育の提供にベネッセグループが貢献できれば、と思います。

浸透したビジョンをアクションにつなげる

入山

ベネッセグループの新中計は2030年という10年先の未来をイメージしている点が素晴らしいと感じました。両利きの経営を進めるにあたっては、自分の会社が目指す未来の姿への納得感が重要だと考えています。それがまさに「センスメイキング理論」で、企業理念やビジョンへの「腹落ち」「共感」の差が中長期の大きな違いを生みます。

不透明な時代においては、正確な分析などできません。だからこそ、「そもそもこの会社はどのような思いで生まれ、どういう方向感を持って社会に貢献し、前進していくのか」について、社員をはじめステークホルダーが納得できる理念・ビジョンがあることで、腹落ちと共感が生まれ、知の探索が進んでいきます。

安達

まったく同感です。「よく生きる」という企業理念は、言葉だけではわかりにくい部分もありますが、ベネッセはお客様とのエピソードが大好きな会社です。お客様の「よく生きる」ことの支援を商品・サービスを通じて実現できたと社員が体感した事例を自発的に発表し、それをみんなで語り合うことで、個々の内面にうまく浸透していると感じます。

そこから新しい探索につなげていくにはどうすればいいか、入山先生の意見をお聞かせください。

入山

まず、「よく生きる」というビジョンが浸透していること自体が本当に素晴らしく、大きな強みだと思います。そこから先、未来に向けたアクションにつなげるにはさまざまな方法がありますが、一般的には危機感を共有しつつ、20年後30年後にこういう世界を作りたいという未来感を伝えていくことが重要です。その際、ベネッセグループで行われているような従業員の対話はもちろん大切ですが、それに加えてビジョンを具体的なムービーに落とし込み、映像化して伝えるのも一つの方法です。

安達

それは貴重なお話ですね。ビジョンを映像で見せれば大きなインパクトが生まれると思います。ビジョンだけでなく、これから海外で展開しようとしている教育や介護事業の具体的イメージを動画にすることでも納得感が高まるでしょう。

入山

野中郁次郎・一橋大学名誉教授の知識創造理論では、暗黙知と形式知が往復することでイノベーションが生まれるとしています。私は、これからの時代には形式知化がきわめて重要になると考えています。「よく生きる」について語る行為は、まさに形式知化。その出発点は共感です。個々の社員が持つ暗黙知と暗黙知がぶつかることで共感が生まれ、その共感が形式知化されることで、より深く腹落ちします。動画はその有効な手段と言えるでしょう。

今日お話を伺い、安達さんが進めているのは「未来を作る」ことだと実感しました。ベネッセグループが、未来に向かって社員みんなでビジョンに腹落ちし、新しい知の探索にチャレンジしていこうと考えていることに深く共感しましたし、ぜひこのまま続けていただければと思います。もちろん道のりは簡単ではないですが、その第一歩としての決意表明が新中計なのだと納得できました。

安達

新中計に描いたことをこれからどう実現するかが、まさに経営に課せられた大きな課題です。今後も引き続きご支援いただければ幸いです。

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最終更新日:2021年04月22日