Benesse 有識者ダイアログ 特別対談

「よく生きる」のもとに変革し社会価値を創造する

  • 株式会社日経BP 日経ESG発行人 酒井耕一 氏
  • 株式会社ベネッセホールディングス 代表取締役会長 CEO 小林仁

ベネッセホールディングスは、「顧客価値」「経済価値」「社会価値」の3つの価値を創出・循環させる価値創造モデルを構築し、事業を通じて基本理念の「Benesse(よく生きる)」を実現していく。
社長 CEOの小林仁と日経ESG発行人の酒井耕一氏(プロフィールはこちら)がベネッセホールディングスの目指す姿とその変革について語り合った。

顧客の声に耳を傾け課題解決

酒井

学校教育だけでなく人生を通じて学び続ける重要性や、企業経営において人的資本の重要性が認識されています。高齢化社会への対応も喫緊の社会課題です。教育や介護事業の先駆者であるベネッセホールディングスの強さはどこにあると考えていますか。

小林

当社の前身は1955年に岡山県で創業した福武書店です。中学校向けの図書や生徒手帳などを発行したのが事業の始まりです。
1990年にフィロソフィー・ブランド「Benesse(ベネッセ)」を導入しました。Benesseはラテン語の造語で「よく生きる」ことを意味します。「Benesse」を基本理念に、グローバル化や少子高齢化という時代の流れを見据えて、事業の多角化を進めました。介護事業をスタートし、現在の生活事業につながる妊娠・出産・育児雑誌「たまごクラブ」「ひよこクラブ」を創刊したのもこのころです。
1995年に事業活動と企業理念を一体化するため、社名をベネッセコーポレーションに変更しました。創業の成り立ちから、人々の「よく生きる」を支援するという、サステナビリティやウエルビーイングに通じる考え方で事業を行なってきたのです。
いつの時代も、お客様の困りごとを具現化して解決することが当社の事業モデルです。真面目な社員が多く、改善を積み重ねて困りごとを解決してきたことがお客様に支持されている要因だと考えています。
一方で、社会のニーズに合わせて成長してきた事業モデル自体を、時代の変化に合わせて変革する必要性も感じています。これまでの強さが弱みになることは避けなくてはいけません。変えてはいけない本質的な部分はそのまま残し、お客様のためになることは従来のやり方を自己否定してでも変革していきます。

酒井

改善活動は製造業では一般的な取り組みですが、サービス業でここまで改善を進めることができたのは、経営層や社員が志を一つにしているからでしょうか。

小林

お客様の声に敏感に応えて改善を続けてきたということに尽きます。どの事業でも、お客様の困りごとに向き合って解決してきた企業風土が改善活動に結びついています。
一方で、志が一つだからこそ、近年の大きな社会変化に対して、変革も遂げることができると考えており、推進活動の一つとして、2021年度に社員全員を対象とした提案制度「B-STAGE」を開始しました。
今のままでは解決できないお客様の課題や、業務における課題や矛盾を経営と現場が一体となって解決に取り組む機会となっており、子どもたちの発達特性に合わせたICT教材の開発など、これまでにない取り組みが進んでいる事業も生まれてきています。

「人が軸」 を経営の基本に置く

酒井

これまでの企業経営では、財務情報が最も重要な経営指標とされてきました。現在は顧客や投資家が、その企業がどのような志を持って事業を行なっているかなどの情報の開示を求めるようになってきています。ベネッセは、経営理念だけでなく事業そのものもサステナブルな考え方で運営していますね。

小林

「人が軸」を経営の基本に置き、人が生きていく上での社会課題や生きづらさの領域に踏み込んで解決することを事業に据えていることから、財務目標だけでなく、顧客の感じる価値を重視してきました。
例えば、小中高校生向けの通信教育講座「進研ゼミ」では、会員の新規獲得数だけをKPI(重要業績評価指標)に置くのではなく、会員が進研ゼミを通じてどのように学び、変化したかということを重視します。入居型介護サービスでは入居者数だけではなく、入居者一人ひとりが施設でどのように生活するのがよいかを考えてサービスを提供します。そうした当社の考え方や取り組みが社会やお客様に認められて広がることで事業は成立します。企業理念と財務的価値は相反するものではなく、理念を具現化すれば結果として財務的価値も向上すると確信しています。

酒井

非財務目標が財務的価値につながるというのは先端的な考え方ですね。ダイバーシティやウエルビーイングなど非財務目標は、どのように優先順位をつけて取り組んでいますか。

小林

「よく生きる」ことを表す「Benesse」という普遍の哲学を、それぞれの事業の存在意義(パーパス)に落とし込んで、優先順位を考えています。例えば進研ゼミのBenesse、介護事業におけるBenesseとは何か、お客様にどのように役立ちたいかをよりどころに事業を進めます。
一方で、多様化が進むお客様の想いやニーズに向き合うためには、我々自身も多様化していくことが必要です。そのため、ダイバーシティはさらに積極的に取り組むべき分野と考えています。もともと女性が多い会社でしたが、今後は経営判断に関わる執行サイドに女性の社内取締役を育成するなど、多様な人材が個性や能力を十分に発揮できるようにすることを重要視していきます。

次の成長へ事業改革を進める

酒井

企業理念を実現していく上で課題と感じていることはありますか。

小林

事業が拡大して分業化による効率経営が進んだことで、社員一人ひとりの視野を狭めてしまい、事業の全体像を俯瞰して見る視座が不足してしまったことは反省すべき点です。個々の業務からは出てこない意見や考え方を経営層に届けて経営戦略に反映するために開始したのが、先ほどお話しした、社員全員を対象とした提案制度「B-STAGE」です。優秀な案は既存案件と同様に事業計画検討会にあげ、経営陣と本気で議論をする。また、各事業の責任者は関連する提案に目を通し、実現に向けて検討する。社員と経営が一体となって変革に取り組んでいます。

酒井

過去の延長線上で事業を続けるのではなく、事業改革を進めて次の成長につなげていくということですね。

小林

例えば進研ゼミでは膨大な会員情報を一元管理し、大量の紙の教材を遅延することなく毎月会員の手元に届けてきました。こうした顧客基盤に基づく事業モデルは他社が簡単に真似できることではありません。しかし、今紙の教材が減っています。つまり、これまでの成功モデルが、このまま進めるとコスト負荷にもなりえます。
デジタル教材の配信に変えることで、会員がいつ学習して、どこでつまずいたかといった紙の教材では取得できなかった学習状況を入手できるようになりました。大量の紙の教材を印刷して送付する必要がなくなってコスト構造を転換できれば財務的な価値を高めることができ、会員一人ひとりに寄り添ったサービスを提供できるようになれば満足度が高まって顧客価値の向上にもつながります。
そのためには、我々が持っているスキルも変えていかなければなりません。例えば従来の紙が前提のメディアをデジタル化していくには、社員が新たなスキルを学ぶことが必要です。近年は、ラーニングカルチャーを大切にし、特にデジタル・トランスフォメーション(DX)分野のリスキリングを社員に推奨しています。

酒井

DXが事業変革の鍵になりそうですね。

小林

着実にDXを推進するため、2021年4月にDigital Innovation Partners(DIP)という組織を設立しました。デジタル部門、IT部門、人事部門、DX推進のためのコンサル部門を統合したグループ横断型の組織です。戦略立案から資源・投資配分、具体的施策の推進まで、事業部門・会社の垣根を越えてDX推進を牽引します。DX人材を育成し、社員一人ひとりが学び続けていくために組織としてもリスキリング教育にも取り組んでいきます。

酒井

DXを推進していくことで、これまで別々だった事業を結びつけ、シナジー効果を生み出すこともできそうですね。

小林

生涯にわたって会員向けサービスを提供できるようになると、顧客生涯価値(ライフタイムバリュー:LTV)が向上します。例えば、残念なことに、現在は学校での学びと社会とが十分に接続できていません。子どもたちが何をしたいのか、そのためにはどこで学べるのか、そして社会でどのように役立てることができるのかを、一つにつなげていくことが必要です。高校で学んできたことと、大学で学びたいことを明確にして、高校・大学入試・大学の3つが一体となった高大接続にも寄与できます。社会に出る際にも、企業が欲する人材と会員が学んできたことをマッチングして「学ぶ」と「働く」をつなげられます。児童・生徒一人ひとりの学習履歴と、企業が求める人材に関する情報を相互につなぐことができれば、この社会課題は解決できると思っています。
さらに、「働いても学び続ける」こともこれからは必要になります。オンライン学習プラットフォーム「Udemy」で仕事をしながら学ぶ人を支援し、生涯にわたって学び続ける文化を醸成します。Udemyは1000社以上の企業、40以上の自治体が利用しています。DXを通じて個人のウエルビーイングと就労先での活躍に貢献し、日本の企業の生産性や人材力を高めることにも役立つことができます。
介護分野でもDXは有効です。個々の介護スタッフが持つ知見やナレッジを人工知能(AI)で見える化した「マジ神 AI 」を活用して、他のスタッフにも広げることで介護の質を高めます。また、「介護アンテナ」というポータルサイトを通して、我々がこれまで蓄積した認知症ケアのポイントなどの知見を開示し、介護業界全体のスキルアップに役立てて頂きたいと考えております。

3つの価値を創出・循環する

酒井

海外事業はどのように進めていきますか。

小林

日本では高齢化の進展とその対応が喫緊の課題になっていますが、海外でも日本での事業経験を生かせると考えています。例えば今後高齢化が進んでいく中国では、介護職を社会の中に定着するため、介護の正しい技術とスキルを身につけてもらう介護研修を実施しています。
教育事業では国内で9割の高校が利用している進研模試を海外でも展開します。例えばインドでは、子どもたちの学習状況を客観的に評価するため進研模試の実証導入を行なっています。日本のように教育制度が整っていない国では、日本の学習の実践例を展開できるでしょう。
教育と介護は他の事業と異なり、国益に関わるため政策面の制約も多くあります。日本では良いサービスであっても他の国では必要がなかったり、外資系の企業が参入できなかったりすることもあります。それぞれの国や地域の文化や価値観に合わせたローカライズも必要になってきます。

酒井

お話を通じて経済価値だけでなく社会価値を提供していることがわかりました。今後どのような価値を提供する企業を目指しますか。

小林

社会が求める価値は時代によって変化します。例えば、教育分野でいうと、指導要領が変わるタイミングで、新型コロナ感染症が流行し、学校教育に大きな混乱が起きた。一方で、教員の働き方も社会課題になっています。こうした現状の困りごとに事業で対応することと、10年先を見通した社会課題の両方に取り組むことが非常に重要です。今と未来の困りごとを解決できる事業を具現化して信頼を得ていくことができれば、事業価値を高めて成長を続け、財務的価値も高めることができるでしょう。
これまで追求してきた顧客数や顧客満足度という商品・サービスの「顧客価値」と収益性や効率性などの「経済価値」に、顧客の課題解決を社会課題の解決につなげる「社会価値」を加え、3つの価値を創出・循環させる価値創造モデルを構築します。現在、3つの価値に連動する「グループパーパス」を策定し、ベネッセの目指す姿を示していきたいと考えています。

酒井

ベネッセが重視している3つの価値は、他の企業にも期待されているものですね。2022年4月に代表取締役社長CEOに就任して、これから何に取り組んでいきますか。

小林

社会が大きく変化していく中で、当社の事業も大きな岐路に来ています。完成した事業モデルを一度壊して再構築するという覚悟を持って変革しなければいけません。
ベネッセは、一般的にはまだ教育と介護の会社と見られていますが、人に焦点を当てて、サステナブルで充実した人生を送るために、それぞれのライフステージの課題を解決する会社へと変革します。

最終更新日:2023年03月09日